閻連科と話そう 『炸裂志』

幕張にある古巣のアジア経済研究所の図書館には、中国の各県などの「志」が集められた一角がある。魏志倭人伝の「志」の意味での志である。研究所に入所したばかりでこのコレクションを見つけたとき、知らない地域の名前がほとんどなのと、歴史を記録するしくみが共産主義の時代にも続いていることに、中国の奥深さを感じた。この地方志の体裁をとった小説、炸裂という架空の街の志を、現実の作家自身が書くという体裁をとったこの『炸裂志』の作者・閻連科さんが読者と交流する機会に入り込ませてもらいました。
ある社会をリアルに描くというのは、単に事実を書き並べることではない。そこに働いている力学、構造を描くことだろう、とわたしは考えている。経済学的・社会科学的な分析というのは、複雑多岐な事実の中から、そうした構造をを抽出していく作業なので、ずっとそう思ってきた。そして、この小説を読んだとき、ピカレスクな描写と写実的な描写をまぜる手法でも、リアルに社会の構造は描けると思った。人間は現実に起こったことに合理的に反応しようとしたとしても、その判断にはそれぞれの思い込み、規範、価値観が反映する。だからこそリアルになる。閻さん自身の造語である「神実主義」という手法であるし、自分がやりたいと思っていることと似ていると思っていた。
そのご本人と読者との対話で面白かった点は、次のいくつか。この小説が、書けると、閻さんが確信したきっかけのうち2つを紹介してくれた。ひとつは、空想の地方志という枠組みを思いついたとき。もうひとつは、香港から深センへのイミグレーションに並んでいたとき。ある結界を超えるような感覚をもったことで、書ける、と思った。この小説は、人間が繰り広げるドラマに、植物や風景が人ととコミュニケーションしながら描いていく。何とも言えないえげつなさとユーモラスさが共存している。「このユーモアはどうやって生まれるのか」という質問に対し、わたしは、真面目に苦しみながら、悲しみに傷つきながら、書いている。海外でユーモラがあると評されるのは意外だった。わたしの小説にユーモアがあるとするとそれは「中国社会がそうなっているからだ」つまり、あまりのことに笑ってしまうような状況が起きているからだと答えていた。まったくその通りだ。いまの中国社会は、理想も欲望も善良さもすべて取引の対象にしてしまっている。若い世代こそ、対価しか考えていない。ところで、北京で大雨が降り、北京空港に交通手段を失った人があふれたとき、タクシーの運転手が無料で彼らを輸送することがあった。先日の北京市大興区の火事のあと多くの知識人・有名人が追い出された農民工に宿を見つけるため奔走した。中国社会は予想を超えた善良さを発揮するのである。この炸裂志の前に、河南省のエイズ村を描いた『丁庄の夢』という作品を書いた。このときに交流のあった村では、当時モデルとした多くの人がもうこの世にいない。この時期知り合った少女が、高校と大学を出るための経済支援をした。彼女は、いま深センで働いている。深センで彼女にあって「村の様子はどう?」と聞くと、「わたしはもう5年村に帰っていない。村のことは忘れたい。忘れて、深センで現代の生活に没頭することが自分の為になると思う。」彼女の両親と妹はもうこの世にいない。
河南省のある地方を想定した、この空想の地方志は、村の起源、明、清代の発展から、2つの宗族が争う様子を、小説として描いていく。深センのような移民都市とは違い、土着の宗族の論理が、共産主義中国の皮をかぶってこの空想的な小説を読むと、中国のリアルのひとつのかたちが理解できる、と改めて思った。

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